飲食店の値決め方法:「原価の3倍」だけでは足りない理由

飲食店の値決め方法:「原価の3倍」だけでは足りない理由

「うちの料理、安すぎるのかな」と感じたことはありませんか。あるいは逆に、「値上げしたいけれど、お客さんが離れてしまいそうで怖い」と、ずっと踏み出せずにいる方も多いと思います。値決めというのは、経営の中でもとりわけ「正解が見えにくい」テーマのひとつです。今日は、そんな悩みを少しほぐせるような話をさせてください。

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「原価の3倍」という考え方は、なぜ広まったのか

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もう一つの考え方:「お客さんが払う理由」から価格を考える

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2つの考え方を組み合わせる:現実的な値決めの手順

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値決めは「一度決めたら終わり」ではない

「原価の3倍」という考え方は、なぜ広まったのか

飲食業界では長年、「メニューの価格は原価の3倍にする」という考え方が語り継がれてきました。原価率(売上に対して食材費が占める割合)をおよそ30〜33%に抑えることで、人件費や家賃などの経費をまかない、利益を出しましょう、という考え方です。

この考え方が広まったのには理由があります。シンプルでわかりやすく、ある程度の規模の店では実際に機能するからです。食材を仕入れて、調理して、提供する、その流れが均一であれば、原価率を管理するだけで経営の大枠は見えてきます。

ただ、小さな飲食店の現場では、この計算式がうまく合わないことが少なくありません。なぜでしょうか。

原価の3倍で計算すると、こんなことが起きる

たとえば、丁寧に仕込んだ手打ちそばを出している小さな店を想像してください。そばの食材原価が1杯あたり250円だとします。3倍にすると750円。それが「原価の3倍」で出した価格です。

でも考えてみてください。その1杯には、前日から仕込んだだしの時間、毎朝そばを打つ職人の技、落ち着いた店の空間、店主の30年の経験が込められているかもしれない。それが750円で適正なのか、というと、多くの方は「何かが違う」と感じるはずです。

逆のケースもあります。食材費は安くても、ボリュームがあって人気のある定食を出している店が、原価の3倍に合わせて低い価格をつけていると、席数20席で月商100万円に届かず、人件費すら出ない、ということが起きてしまいます。

原価率の管理は大切です。ただ、それだけが値決めの根拠になってしまうと、「提供している価値」と「もらっている対価」がずれていくことがあるのです。

もう一つの考え方:「お客さんが払う理由」から価格を考える

では、どう考えればいいのか。ひとつの見方として、「お客さんがなぜそのお金を払うのか」という側から価格を考える方法があります。これを、ここでは「価値基準式の値決め」と呼ばせてください。

お客さんが財布を開くとき、その人の頭の中には「これだけの価値がある」という感覚があります。それは食材の原価ではなく、こういった要素から成り立っています。

  • 料理そのものの味やボリューム、見た目の美しさ
  • その料理が持つ「ここでしか食べられない」という希少性
  • 店の雰囲気、居心地のよさ、店主の人柄
  • 日常の疲れが癒える、特別な気分になれる、という体験
  • 「あそこに行けば間違いない」という信頼感と安心感

お客さんが1,200円の定食を食べに来るとき、その1,200円はご飯と魚と味噌汁だけに払っているわけではありません。「あの店に行く時間」「あのご夫婦に会う時間」「ほっとできる15分」に払っている部分が、少なからずあるのです。

料理の仕込みと同じで、値決めも「下ごしらえが8割」です。価格を決める前に、「うちのお客さんはなぜここに来てくれるのか」を一度ゆっくり考えてみること。それが、値決めの一番大切な準備だと私は思っています。

2つの考え方を組み合わせる:現実的な値決めの手順

原価積み上げ式と価値基準式、どちらか一方だけが正解というわけではありません。小さな飲食店では、この2つを組み合わせて考えることが、現実に即した値決めにつながります。一度、こんな順番で整理してみてはいかがでしょうか。

ステップ1:まず「下限」を原価から計算する

原価の3倍という考え方は、「この価格より下げてはいけない下限ライン」を知るためのものとして使うのが一つの見方です。月商150万円の店で、FLコスト(食材費と人件費の合計)が60〜65%を超えると経営が厳しくなることが多い、という目安として参考にしてください。

具体的には、1品あたりの食材費を正確に出して、「最低でもここより安く売ってはいけない」という価格の床(ゆか)を把握することが最初のステップです。

ステップ2:「お客さんが感じる価値」から上限を探る

次に、先ほどの価値の要素を思い出しながら、「この料理はいくらなら喜んで払ってもらえるか」を考えてみてください。これは感覚的な作業になりますが、日頃からお客さんの反応をよく観察している方なら、意外と答えが出てくるものです。

「この値段でこれが食べられるの、得した」と思われているのか、「この価格帯ならもう少し上質な体験を期待したい」と思われているのか。お客さんの言葉や表情の中に、ヒントはたくさん落ちています。

ステップ3:「選ばれる理由」を価格に乗せる

あなたの店ならではの強みを、価格に正直に反映させましょう。これは値上げを強要しているわけではありません。ただ、10年かけて磨いた技術や、毎朝早起きして市場で選んできた食材が、周りのチェーン店と同じ価格である必要はない、ということです。

「うちには特別なものなんてない」とおっしゃる方も多いのですが、長年通い続けてくれているお客さんが1人でもいるなら、必ずその理由があります。それを言葉にすることが、値決めの自信にもつながっていきます。

値決めは「一度決めたら終わり」ではない

価格というのは、一度決めたら変えられないものではありません。季節、仕入れの状況、お客さんの層の変化によって、少しずつ見直していくものです。怖がらなくていいんです。丁寧な説明と、その価格にふさわしい体験を用意すれば、多くのお客さんはついてきてくれます。

ある定食屋さんが、長年900円で出していた日替わり定食を1,050円に変えたとき、「値上げのお知らせ」ではなく、「食材の仕入れ先を変えて、よりよいものをお届けするためのお知らせ」という貼り紙を書きました。売上は上がり、「むしろ前より来るようになった」とおっしゃっていました。価格を変えることよりも、「なぜその価格なのか」を伝えることの方が、お客さんとの信頼に大きく関わるのだと、私はそのとき改めて感じました。

値決めに迷ったとき、同業の方や信頼できる誰かに話してみることには、思いのほか大きな価値があります。自分の店のことは、近くにいるほど見えにくくなるものです。「あなたの店には、あなたが気づいていない魅力がある」。30年間、全国の小さな店を見てきて、私が一番強く感じていることです。

今日から一つだけ、やってみてほしいこと

難しいことは何もありません。今日、閉店後に5分だけ時間をとって、メニューの中から1品だけ選んでみてください。そして、「このメニューをお客さんはなぜ頼むのだろう」と、静かに考えてみてください。

味なのか、量なのか、懐かしさなのか、それとも「この店でしか食べられないから」なのか。答えはすぐに出なくても構いません。その問いを持つこと自体が、値決めを「原価の計算」から「価値を届ける仕事」へと変えていく、最初の一歩になるのだと思います。


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