
「お金が足りなくなってから、どこに相談すればいいかわからなくて……」
なぜ「困ってから動く」と不利になるのか
平時に整えておきたい「3つの数字」
銀行や公庫との「関係づくり」はいつ始めるか
「選ばれる店」は、数字でも語れる
そんな声を、30年間ずっと聞いてきました。夜中に電話をくれたオーナーさんも、涙声でメッセージをくれたご夫婦も、みなさん口をそろえておっしゃるのです。「もっと早く動いていればよかった」と。
でも、それはあなたが怠けていたせいではありません。毎日の仕込みと仕込みのあいだに、財務のことまで考える余裕がなかっただけです。今日は、そんなあなたに「平時からできること」をゆっくりお話しさせてください。
なぜ「困ってから動く」と不利になるのか
銀行や日本政策金融公庫(国が出資する、小さな事業者向けの融資窓口です)が融資を判断するとき、何を見るかご存じですか。もちろん事業の将来性も見ますが、それ以上に「この人はきちんと返せる人か」という信頼感を見ています。
そしてその信頼感は、過去の数字の積み重ねから生まれます。つまり、申し込みに来た瞬間の数字だけでなく、「ここ1〜2年、どんなお店を経営してきたか」という履歴が問われるのです。
ところが、資金が底をつきそうになってから初めて窓口に行くと、どうなるでしょう。通帳の残高は少なく、決算書(1年間の売上と費用をまとめた書類)の数字も厳しい状態であることが多い。担当者に「売上が落ちています」「赤字が続いています」という数字を見せながら、「お金を貸してください」とお願いする形になってしまうのです。
これは、仕込みを何もしないままお客様を席に通してしまうようなものです。素材はあっても、整っていない。出せる状態ではない。結果として、審査が通りにくくなる、あるいは借りられても金利(利息の割合)が高くなる、という状況を招きやすくなります。
平時に整えておきたい「3つの数字」
では、普段から何を整えておけばいいのでしょうか。難しく考えなくて大丈夫です。まず次の3つを、毎月把握する習慣をつけてみてください。
- 月次の売上と客数:月商がいくらで、何人のお客様が来てくれたか。これを手帳でもスマートフォンのメモでも記録しておく。月商80万〜300万円の規模であれば、POSレジや手書きの集計でも十分です。
- FLコスト(食材費と人件費の合計):この2つを足した金額が売上に占める割合を、だいたいでも把握しておく。一般的に60〜65%以下が目安と言われています。「うちは何にいくら使っているのか」を知っているだけで、担当者との会話がまったく変わります。
- 通帳の動き(キャッシュフロー):利益が出ていても、現金が手元に残っているかどうかは別の話です。帳簿上は黒字でも、手元に現金がない状態を「黒字倒産」と言います。毎月いくら入ってきて、いくら出ていくかを把握しておくことが、資金繰りの基本です。
この3つを毎月記録していると、1年後には12か月分のデータが手元に残ります。それがそのまま、金融機関が「この人は数字をちゃんと見ている」と判断するための材料になります。
銀行や公庫との「関係づくり」はいつ始めるか
答えは、今すぐです。といっても、大げさな話ではありません。
日本政策金融公庫の窓口は、全国各地にあります。「融資を申し込む」のではなく、「経営の相談をしに行く」という気持ちで訪ねることができます。実際、公庫には「経営相談」の窓口があり、事前予約をすれば無料で話を聞いてくれます(最新の窓口案内は公庫のウェブサイトでご確認ください)。
また、取引をしている地域の銀行や信用金庫(地元の中小企業を支援するための金融機関)の担当者に、一度「うちの経営状況について話を聞いてほしい」と声をかけてみることも、とても有効です。
ここで大切なのは、「お金を借りにきた人」ではなく、「一緒に経営を考えたい人」として関係をつくることです。担当者も人間です。数字をきちんと話せて、自分の店の課題も把握しているオーナーさんには、自然と応援したくなるものです。
ある定食屋さんのお話をしてもいいですか。月商120万円ほどの小さなお店でしたが、毎月の売上と仕入れの記録を几帳面につけていたオーナーさんが、「設備が古くなったので厨房機器を入れ替えたい」と公庫に相談に行ったそうです。そのとき、2年分の月次の売上推移と、FLコストの変化を手書きでまとめたノートを持っていったと聞きました。担当者の方が「こんなに丁寧に数字を管理されている方は珍しい」とおっしゃったそうで、審査もスムーズに通ったとのことでした。
数字は、誠実さの言葉です。
「選ばれる店」は、数字でも語れる
ここで少し視点を変えて、マーケティングの話をさせてください。
お客様があなたの店を選ぶ理由を、あなた自身は言葉にできますか。「うちは安い」でも「うちは美味しい」でもなく、「うちに来てくれるお客様は、こういう理由でリピートしてくれている」と、少し具体的に言えるかどうかです。
実はこれ、金融機関との関係とも深く結びついています。融資の場で「なぜあなたの店は選ばれているのか」を問われたとき、答えられる経営者は強い。「ランチは近隣の会社員が中心で、週2〜3回来てくれる常連さんが売上の約6割を支えています」と言えれば、それだけで担当者の安心感はまったく違います。
一人のお客様が、通い続けてくれる間に運んでくれる売上の合計——これが経営の土台です。新しいお客様を呼ぶコストは、常連さんを大切にするコストよりもはるかに高くつきます。だから、常連さんが何人いて、どのくらいの頻度で来てくれているかを把握することは、融資の準備であると同時に、経営の核心でもあります。
仕込みと同じで、数字も下ごしらえが8割です。当日いきなり動いても、いい仕事はできません。
今の数字を「見える化」するための小さな一歩
難しいツールは必要ありません。次のことから始めてみてはいかがでしょうか。
- 毎月末に、その月の売上合計・来客数・食材費・人件費をメモに書き留める。
- それを半年続けると、季節の波や、何月が苦しいかが見えてくる。
- 見えてきたら、それを持って信用金庫や公庫に「うちの経営、こんな感じなんですが、どう思いますか」と相談してみる。
この流れだけで、「融資の準備ができている店」への第一歩を踏み出せます。なお、税務や決算書の具体的な作り方については、顧問の税理士さんや商工会の窓口に相談されることをおすすめします。
まとめ——「いざ」というときに動ける店でいるために
飲食店の融資相談は、タイミングがすべてです。困ってから動くのではなく、数字が整っているうちに、担当者との関係ができているうちに、動く。それだけで、選択肢がまったく変わってきます。
そしてもう一つ。経営の悩みを一人で抱え込まないことも、大切なことだと私は思っています。同業者でも、公庫の担当者でも、商工会の相談窓口でも——「話せる場所」を持っているかどうかが、長く続けられる店かどうかの分岐点になることがあります。あなたにとっての「話せる場所」は、どこにありますか。
今日から始められる、一つだけ小さな行動を提案させてください。
今月の売上と来客数を、一枚のメモ用紙に書いてみてください。それだけです。「今月は何人来て、いくら売れたか」——この一枚が、あなたの店の数字の歴史の始まりになります。来月も書けば、二か月分。それを続けることが、いつか必ず、あなたを助けてくれます。
学んで、伸びる店になる。
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